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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)9464号 判決

原告

松下輝夫

右訴訟代理人弁護士

棚村重信

大平弘忠

右棚村重信訴訟復代理人弁護士

中島敬行

被告

破産者株式会社丸松足立商店破産管財人 表久守

右訴訟代理人弁護士

中村誠

主文

一  原告は破産者株式会社丸松足立商店に対し、金一一五三万六三二〇円の退職金債権を有することを確定する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は株式会社丸松足立商店(以下「丸松足立商店」という)に昭和二九年三月二六日社員として雇傭され、同五九年二月二〇日まで勤務し、同日退職した。

2  丸松足立商店の退職金規定では、退職者に対し、退職時の基本給月額に在職年数に応じた支給率を乗じた退職金を支給する旨定められている。

3  原告の退職時の基本給月額は五一万七七〇〇円であり、原告の在職年数である二九年余に対応する支給率は四一・六であるから、右基本給月額に四一・六を乗じた二一五三万六三二〇円が原告の退職金となる。

4  丸松足立商店は原告に対し、昭和五九年三月から五月にかけて右退職金の内金一〇〇〇万円を支払った。

5  丸松足立商店は昭和六〇年五月一七日当庁において破産宣告を受け、同日被告が破産管財人に就任した。

6  原告は右退職残金請求権について、債権届出をしたところ、被告のみがその存在について異議を述べた。

7  よって、原告は破産者株式会社丸松足立商店に対し、金一一五三万六三二〇円の退職金債権を有することの確定を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2、3の事実は否認する。

3  同4の事実のうち、丸松足立商店が原告に一〇〇〇万円を支払ったことは認め、その性質については否認する。後記のとおり、原告には懲戒解雇事由が存するところ、懲戒解雇となれば退職金は一切支給されないため、温情的に右金員を支払ったものであり、就業規則に基づく退職金の内払ではない。

4  同5の事実は認める。

三  抗弁

1  (懲戒解雇)

(一) 丸松足立商店の退職金規定では、従業員が懲戒解雇された場合には退職金は支給されない旨定められている。

(二) 原告は、丸松足立商店の東京支店長として勤務していたが、〈1〉長水果工株式会社(以下「長水果工」という)や株式会社エビスフーズ(以下「エビスフーズ」という)に対する商取引上の多額の不良債権の発生につき支店長として右債権管理の職責が不十分であり、〈2〉東京支店の一従業員が不正経理により金員を横領したことについて監督が不十分であり、〈3〉九州等地方支店への転勤を不当に拒否した。

(三) 原告は形式的には昭和五九年二月二〇日に円満退職したが、実質的には丸松足立商店から右事由を理由として、同日懲戒解雇に処せられたものである。

2  (退職金債権の放棄)

丸松足立商店は、昭和五九年二月ころ温情により円満退職ということで、原告の退職を処理することとし、その際原告に一〇〇〇万円を支給し、原告との間で他に債権債務がないことを確認しあった。したがって原告は退職金残債権を放棄した。

四  抗弁に対する認否及び反論

1(一)  抗弁1(一)の事実は知らない。

(二)  同(二)の事実のうち、原告は丸松足立商店の東京支店長として勤務していたことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同(三)の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。

3(一)  原告は昭和五八年六月ころエビスフーズの担当を、丸松足立商店代表取締役の足立市之助(以下「足立社長」という)と交替したが、その当時同社に対する売掛金残額は八〇〇万ないし一〇〇〇万円であり、その後右残額は手形の期日に決済された。

(二)  長水果工は元々優良会社であったが、同社の取引銀行と最大の取引先が結託して、同社に対する手形決済資金の貸付を拒否したため、同社は昭和五六年三月突然倒産したものであり、右倒産を誰も予知することはできず、原告には不良債権発生につき責任はない。

(三)  東京支店の一従業員の横領問題は昭和五九年一月ころ本社において発覚し、足立社長は右問題について原告が関与することを拒絶し、同社長の責任で横領金の返還を免除した。

(四)  足立社長は昭和五九年一月初旬ころ原告に対し九州転勤の話をしたが、その時点では九州支店開設の準備はなされておらず、原告は支店開設の困難さを力説したところ、支店開設が見送られ転勤の話も白紙となった。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1、5の事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば同6の事実を認めることができる。

二  原告の退職金の算出方法について検討する。

1  証人足立市之助の証言及び原告本人尋問の結果によれば、丸松足立商店において文書による退職金規定(以下「本件退職金規定」という)が存在していたことが認められるが、本件訴訟において本件退職金規定は提出されておらず、原告は自己の退職金の算出方法が書かれている原告作成の書類(甲第二、三号証)を書証として提出するに過ぎず、同書証には、原告の退職金の算出方法は請求原因2、3のとおりである旨の記載がある。

2  甲第二、三号証の記載内容の信用性について検討するところ、右記載の算出方法が誤りであるのなら、被告としては本件退職金規定を提出すればよいはずであるが、被告から同規定の提出はない。

証人足立市之助の証言によれば、本件退職金規定は丸松足立商店の破産に至る混乱の中で紛失したものと推認されるところ、原告は昭和五九年二月に退職しており、その後同社において同規定が紛失したことにつき知ることのできた理由は認められない。また、所轄の労働基準監督署長に本件退職金規定の届出がなされていたならば、そこから入手することも可能であるが、弁論の全趣旨によれば丸松足立商店は就業規則や本件退職金規定を労働基準監督署長に届け出ていないことが認められるところ、原告が右事実を知っていたことを認めるに足る証拠はない。

以上のとおり、原告としては本件退職金規定の提出が予想されるのに、あえて甲第二、三号証を提出していることからして、右各証拠の記載内容の信用性は高いというべきである。

3  原告は請求原因4の一〇〇〇万円の領収書の控えとして甲第二号証を提出する。成立に争いのない甲第一号証の一及び原告本人尋問の結果によれば、丸松足立商店は原告に対し退職金の領収書の提出を求め、原告は一〇〇〇万円の領収書を同社に提出したことが認められるところ、甲第二号証がそのときに提出された領収書と異なるものであれば、丸松足立商店としては実際に提出された領収書を所持しているはずであるが、それは証拠として提出されていないこと並びに原告本人尋問の結果からして、原告は領収書として丸松足立商店に甲第二号証の原本を提出したものと解するのが相当である。

4  以上の理由から甲第二、三号証の信用性を認めることができる。そして、(証拠略)を総合すれば、請求原因2、3の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

三  被告は、原告は懲戒解雇されたから、退職金の支給を受ける権利はないと主張する。

1  証人足立市之助の証言によれば、丸松足立商店の退職金規定では、懲戒解雇された従業員には退職金は支給しない旨定められていることが認められる。

2  (証拠略)を総合すれば、次の事実が認められ、この認定に反する証人足立の証言及び原告本人尋問の結果(第二回)は採用しない。

(1)  丸松足立商店は昭和二八年三月に設立されたガラス瓶、プラスチック容器の製造販売を業とする株式会社で、大阪に本社、東京と名古屋に支店を有していた。原告は、昭和二九年三月入社し、同三五年ころ東京支店勤務となり、同四九年ころ東京支店長となった。原告の退職時東京支店には、支店長の原告の外に営業担当の男子社員が四名、経理担当の女子社員が二名おり、原告は同支店の最高責任者であるとともに得意先を担当して営業活動を行っており、長水果工とエビスフーズは原告が直接担当していた得意先であった。

(2)  長水果工は昭和五六年三月末ころ不渡りを出して倒産した。当時丸松足立商店は同社に対し約四〇〇〇万円の売掛債権を有していた。長水果工の債権者は同年四月二五日に会議を開き、原告も同会議に参加した。右会議で債務の弁済を棚上げし、一年経過後から一部の返済を開始することとなり、足立社長もそれを了解したが、大口債権者が途中から手を引いたため、結局右一年経過後の弁済はなされなかった。

(3)  エビスフーズについては昭和五八年六月まで原告が担当しており、その後足立社長が直接担当するようになった。昭和五八年六月末時点で、丸松足立商店のエビスフーズに対する売掛債権は合計約六〇〇〇万円に達しており、そのうち約四五〇〇万円分については支払手形を受領していた。エビスフーズは資金繰りの悪化から丸松足立商店に対し、同月三〇日を支払日とする額面四三九万円余の手形の支払日を延期するよう求め、丸松足立商店は同月二二日右手形の支払日を同年一一月三〇日に変更することに同意した。

(4)  その後も丸松足立商店はエビスフーズとの商品取引を継続し、同社の資金調達を援助し、同社の営業が回復し業績が向上することにより自己の債権回収を意図したが、同社は昭和六〇年二月六日倒産し、その時点における丸松足立商店の回収不能債権は、手形債権約三億一九一九万円余、売掛債権一八五一万円余、貸付金債権二〇〇〇万円、合計三億五七七一万円余にのぼり、丸松足立商店の経営悪化の大きな原因となった。

(5)  原告は幹部なので、取引については本人の裁量に任されており、取引額等について制限はなく、原告が何らかの内規に違反して取引を行ったとは認められない。原告の担当している販売先も含め、月間の売上高及び入金状況については、毎月本社に報告がなされているが、本社から原告に対し取引状況について指示や注意がなされたことはなかった。

3  原告の担当していた得意先に関し不良債権が発生したことは右認定のとおりであるが、右得意先の倒産原因や右不良債権発生について原告の判断の誤りの有無及びその程度などについて、被告から具体的な立証はなく、加えて右2(5)のとおり原告は内規や上司の指示に違反したとは認められないことからして、原告が不良債権を発生させたことをもって、原告のこれまでの勤続の功労を抹消し、退職金の不支給を正当化ならしめるほどの信義に反する行為とは解することはできないから、懲戒解雇相当行為とはいえず、被告の右事由による退職金の不支給の主張は失当である。

4  (証拠略)によれば、昭和五八年に東京支店の経理担当の一従業員が、切手や収入印紙等を購入した際、郵便局発行の領収書の金額欄の数字を変造して、実際に購入した金額より多額の金員の出金伝票を作成して会社に請求し、約七〇万円を丸松足立商店から詐取したこと、原告は、東京支店の責任者として同従業員から提出された出金伝票を確認のうえ、承認印を押していたこと、原告は右不正について発見できず、本社で偶然発見したこと、同従業員から一万円位の弁償はなされたが、その余の弁償はなされていないことが認められる。

原告は東京支店の責任者であり、領収書の変造を発見できなかったわけであるが、その方法は領収書の金額欄の数字を変造したもので容易に発見できるものとはいい難いから、右不正を発見できなかったことをもって懲戒解雇相当行為であるとはいえない。

5  (証拠略)によれば、丸松足立商店では、前記不良債権の発生や経理事務員の不正を理由として、原告の降格を決定し、昭和五九年一月ころ同人に対し、新たに福岡に設置する九州支店への転勤を求めたが拒否されたため、代案として名古屋支店への転勤を求めたが、原告は再度拒否し、同年二月初旬ころ退職願いを提出し、同月二〇日をもって退職したことが認められるところ(この認定に反する原告本人尋問の結果、第一、二回は採用しない)、転勤を拒否して退職した以上、転勤拒否それ自体によって会社に損害が生じたとは認められないから、転勤拒否をもって懲戒解雇相当行為であるとはいえない。

6  前記不良債権の発生、部下の経理事務員の不正の不発見、転勤拒否を総合しても懲戒解雇が相当であるとは認められず、懲戒解雇を前提とする被告の主張は失当である。

四  抗弁2の主張に副う証人足立市之助の証言は、反対趣旨の原告本人尋問の結果(第一、二回)に照らし採用できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

五  よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋哲夫)

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